鹿島とも子が壮絶なオウム信者としてのこれまでの軌跡を語っています。
菊地直子容疑者(40才)や高橋克也容疑者(54才)の逮捕など、ここ最近オウム騒動は過激に報道されました。ようやく特別手配犯が捕まったことに安堵している方も少なくはないのではないでしょうか?
1994年「元ダンサー(鹿島とも子)長女監禁事件」で世間を賑わせた日劇の元トップダンサーで、タレントとしても活動していた鹿島とも子(61才)が、オウム関連の事件の詳細を語っていました。
そのいきさつは、鹿島は1982年に仕事先でスノーモービルの転落事故にあい、脊髄損傷の大ケガをしてしまう。
ダンサー生命を絶たれた精神的なショックや娘の非行が重なり、次第にオウムにのめり込んで洗脳されてしまいます。。
さらに、1992年に夫と離婚。
1994年に出家した後、教団の広告塔的な役割を担ってきました。
しかし、1995年5月に「実の娘を逮捕・監禁した」として逮捕され、懲役2年執行猶予4年の判決を受けました。刑期を終え東京拘置所から出所後、2000年ころからは再び芸能活動にも復帰しています。
当時、『女性セブン』が行ったインタビューで、鹿島はマインドコントロール体験について状況を語っています。
報道で、薬物注射を受けたのが、オウム教団に拉致された彼女の実の娘だった事を知って目が覚めたという事です。
「自分では真面目に生活してきたつもりでした。でも、気がついたら留置場にいて、マスコミからは“鬼母”と呼ばれてしまった。どういうふうに死のうかと、そんなことばかり考えていました」
出所後は、小学生だった長男とふたりで再起にかけようとしたが、、世間の風当たりは予想以上に厳しく、辛い生活の連続だってみたいです。
不動産を借りるにも元オウム信者と言う肩書きが邪魔をし、次々に物件を断れ情けない思いをしました。
仕事もなく、食べていくために息子と2人で日給6000円のビラ配りをしたこともあったようです。
悩みのある信者にマインドコントロールをかけ、教団に従事させてきたオウム真理教。その後の信者の人生そのものを奪ってしい、今なお信者の心を苦しめているみたいです。
オウムの“鬼母”と呼ばれて
ソース
http://www.news-postseven.com/archives/20120619_119823.html
2012-06-20 |
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